「多忙そうだけど、一日どんなスケジュールで過ごしているんですか?」
利用者さんからそんな質問をもらった。多忙そう、と言われるとちょっと説明に困る。たしかに予定は入っているけれど、私の一日はちっともキラキラしていなくて、その実態はめまいやだるさ、頭痛や坐骨神経痛との、わりと地味な戦いだからだ。せっかくなので、その正直なところを書いてみようと思う。
ただ、その前にどうしても書いておきたいことがある。今でこそこうして働けているけれど、つい最近まで私は、自分に鞭打つようにしてなんとか働こうとしていた。そしてそんな自分のことを、救いようのない怠け者だと思って、本気で責めていた。
いちばん厄介なのは自律神経
頸髄を損傷すると身体が動かなくなる。私の場合、胸から下はまったく動かないし、手も思うようには動かしづらい。麻痺、と聞いて多くの人が思い浮かべるのはたぶん、この部分だと思う。でも、当事者としていちばん厄介だと感じているのは、実はそこではない。自律神経の障害なのだ。
自律神経は、自分の意思とは関係なく、血圧や体温、汗、排尿や排便を調整してくれる。健康なときには意識すらしない、身体が勝手にやってくれていたことだ。頸髄が傷つくと、この指令系統がうまく働かなくなる。だから私の身体は、血圧を自分で安定させられないし、汗をかいて体温を下げることもできない。寒さにもめっぽう弱い。トイレに人一倍時間がかかるのも、もとをたどればここに行き着く。
つまり、めまいも、だるさも、汗をかけないことも、トイレの時間も、バラバラの不調ではなくて、ぜんぶ一本の根っこから生えている。そして厄介なことに、この根っこは、見てわかりやすい身体障害とは違って、見た目にはまったくわからない。
「怠け者」だと思っていた
その自律神経のせいで、私の血圧は上が70~80くらいが平均で、明らかに低い。ちょっと体を動かすと目の前に星がちかちかと見える。でも、それが自分にとっての当たり前になってしまっていた。
朝、なかなか起きられずスマホをぼんやり眺める。ちょっとしたメールの返信が、なぜか億劫でたまらない。長く座っていられなくてベッドに直行する。本を読んでも内容が頭に入ってこない。それでも私は、気合が足りないだけだと思って、自分に鞭を入れてどうにか働こうとした。「自律神経障害」と診断はとっくについていたのに、心のどこかで「障害のせいにするのは甘えだ」と思っていたからだ。なんて怠け者なんだろう、と十数年、わりと真剣に悩んでいた。
そうやって身体を酷使した結果、私は20代で二度の腸閉塞、昨年に胃潰瘍をやらかした。さすがにここまで来て、これは根本から考え方を変えないとだめだ、と思った。
いま振り返れば、16歳のときの自殺未遂も、その根っこには過労があったのだと思う。あのときから私は同じことを繰り返していたのかもしれない。
考え方が本当に変わったのは、ミドドリンという起立性低血圧の薬を飲みはじめてからだ。生活が、文字通り激変した。今は上の血圧がちゃんと100まで上がるようになって、別人みたいに動ける。
そして、ようやく腑に落ちた。あれは人格の問題ではなく、自律神経の問題だったのだと。怠けでも甘えでもなかった。頭では分かっていたはずだったのだが、十数年分の自責がすっと軽くなった。
もちろん薬は万能ではない。気圧の低い日にはやっぱり太刀打ちできないし、ふだんも、めまいやだるさ、頭痛や坐骨神経痛は当たり前に居座っている。でも今は、動けない日があっても、自分を責めなくなった。それは怠けではなく、ちゃんと身体が反応している証拠なのだから。
朝 ──ベッドを出るまでがひと仕事
目が覚めるのは6時半ごろ。でも血圧の都合で、実際に動き出すのはヘルパーさんが来てくれる8時ごろになる。起床の介助を受けて車椅子に乗り、朝ごはんを食べて服薬。この薬を飲まないと、その日一日が成り立たない。ふらふらしながら洗面と歯磨きを済ませ、ここでようやく仕事がはじまる。
ちなみにトイレには、なんだかんだめちゃくちゃ時間を使う。起床後と就寝前に加えて、11時、15時、19時。行きたい感覚もないのに数時間ごとメンテのようにトイレに行く。しかも毎回それなりの時間がかかる。これも私の一日の、れっきとしたスケジュールの一部だ。こういう時間が必要なことを、あえて隠さず書いておきたい。
昼 ──予定通りに進まない
午前から午後にかけては、自分の業務を淡々と進める。会議や打ち合わせ、資料づくり、営業、執筆など。理事長としての仕事も、書く仕事も、だいたいこの時間帯にある。
淡々と、とはいっても、その合間には相談ごとやちょっとしたアクシデントが飛び込んでくる。経営のこと、現場のこと、人のこと。予定どおりに進む日のほうが、たぶん少ない。そのつど手を止めて、優先順位を組み替えて対応していく。私の一日は、決めた予定をこなすというより、飛んでくるものを受けながら少しずつ前に進める一日だ。
昼食のあとには軽くストレッチを、16時には40分間の訪問リハビリをはさむ。一日じゅう起きていると肩はバキバキ、腰も痛くなるので、身体を伸ばす時間は欠かせない。外出を伴う仕事は一日に二件くらいが限界。それ以上詰め込んで、時間通り動けずに遅刻することが頻発したので、無理をしないことにした。帰ってくるとたいてい疲れて横になる。一件の外出にも、思っている以上の体力を使っている。
夜 ──頑張れる日と、ぐったりの日と
18時に食事。そのあとお風呂に入り、EMSで身体を整える。EMSは電気で筋肉に刺激を与える機器で、世間ではダイエット用の印象が強いけれど、私のように自分で筋肉を動かしにくい人間にとっては意味合いが違う。動かさない筋肉は痩せて固まっていくので、外から電気で動かして、衰えをなるべく食い止める。これも立派なメンテナンスのひとつだ。
そうやって身体を整えたあと、調子がよければ、音楽を聴きながら仕事をしたり、放送大学の勉強をしたりする。21時から、また会議が入る日もある。けれど、整えてもそのままぐったりで、何もできずに一日が終わる日も、正直なところ少なくない。それはそれで仕方ない。できる日にできることをやる、というだけだ。就寝は0時から午前1時ごろになる。
だからこそ、声を大にして言いたい
こうして書き出してみると、私の一日には「身体のための時間」が、仕事の合間にびっしり編み込まれている。これらは省けない。身体を整える時間があるから、私は仕事の時間を持てている。順番が逆ではないのだ。
だから私は、声を大にして言いたい。障害のある人にとって、在宅で働けることには、ものすごく大きな意味があるのだと。
決まった時間に通勤して、決まった時間まで席に着いて、決まった時間に休憩する。世の中の「ふつうの働き方」のこの枠組みこそが、私には最大のハードルだった。8時にならないと動けない朝も、たびたびのトイレも、16時のリハビリも、二件で限界の外出も、その枠に当てはめようとした途端、「迷惑」や「遅れ」になってしまう。そして何より、また自分を責めることになる。
かといって、障害を理由に働くことを諦めたくはなかった。誰かに養ってもらうのではなく、ちゃんと自分の力で稼ぎたい。その気持ちだけは、どうしても譲れなかった。
それが可能な働き方は、探してもどこにもなかった。だから、自分で生み出すしかなかった。身体の都合を先に置いて、その隙間に仕事を入れていく。めまいのひどい朝は無理をせず、調子のいい時間に集中する。働き方を、自分の身体に合わせて設計する。そうやって行きついたのが、経営だった。正直、自分が経営に向いているとは思っていない。それでも、自分や仲間が働ける場所を自分の手でつくれることの学びは、とてつもなく大きい。
障害があると、「働けるかどうか」で語られがちだ。けれど本当の問題は、働けるかどうかではなく、その人の身体に合った働き方が用意されているかどうか、なのだと思う。そして条件が整うとは、薬や介助や設備が揃うことだけではない。「できないのは怠けではない」と、自分を責めなくてよくなること。それもまた、立派な条件のひとつだ。
かつての私は、自分に鞭を打ち、身体を壊し、それでも自分を責めていた。今は、めまいやだるさと毎日格闘しながらも、自分でつくった場所で、自分を責めずに働けている。キラキラしてはいないけれど、これは私にとってずいぶん遠くまで来た毎日だ。条件さえ整えば、人にできることはずっと多い。私の地味な一日がその何よりの証拠だ。
※この記事は私個人の体験を書いたものです。症状の現れ方や薬の効き方は、人によって大きく異なります。同じような不調で悩んでいる方は、自己判断で薬を試したりせず、まずは主治医にご相談ください。


