「親ガチャ、外れたわ」という言葉をSNSで見たとき、私は妙な気持ちになった。共感でも否定でもない、もっとざらついた何かだ。怒り、と呼べばいいのかもしれない。でも、何に対しての怒りなのか、すぐには言葉にできなかった。
私は親の不仲のせいで病気になった。そう言ってしまえば自分が救われると思っていた。だが、そのせいにしたところで、私の怒りは収まらない。「親ガチャ外れた」の文脈に、私は確かに当てはまると思う。だが、その言葉を自分に当てはめようとした瞬間、何かが強く拒否した。
その何かの正体を、この記事で探っていきたい。
親のせいにした瞬間、何かを失う
親への怒りは、ある。それは否定しない。病気になったのは、親の判断や環境が関係していた。「あのときこうじゃなければ」と思うことも、正直、今でもある。
でも、「親ガチャにはずれた」と口にしようとすると、なぜかうまく喋れない。
しばらく考えて、気づいた。その言葉を使おうとすると、私は親に屈し、自分の人生の責任をすべて親に押し付けているように感じる。何もかも親のせいだ、と怒りをぶつけたところで、自分の人生が変わるわけじゃない。
「親ガチャのせいで私はこうなった」と言い切った先に、私の手元には何が残るのだろう。
怒りは正当だ。でも、怒りに支配されたままでは、幸せには程遠い。それもわかっている。親のせいにすることは、親に人生の主導権を渡すことだ。それが嫌なのだと、気づいた。
「ガチャ」という言葉が運ぶもの
そもそも、「親ガチャ」という言葉自体を、私はもう少し疑ってみたい。
「ガチャ」とはゲームの用語だ。コインを入れてレバーを回す。何が出るかは運任せ。当たりもあれば外れもある。その確率論を、人間の親子関係に当てはめた言葉が「親ガチャ」だ。
ある言葉を使う瞬間、私たちはその言葉が前提としている世界観を、一緒に飲み込む。「親ガチャ」を使うとき、私たちは無意識に「人生には当たりと外れがある」という前提を受け入れている。
では、外れの条件とは何か。貧しい家、不仲な親、過干渉、ネグレクト ーそういった文脈で使われることが多い。そして障がいのある子を持つ親、という文脈でも、この言葉はしばしば使われる。
ここで立ち止まりたい。障がいは、外れの条件なのか。
その定義は、誰が作ったのだろう。
「役に立つ人間」が「当たり」の社会
答えは、おそらくこうだ。外れを決めているのは、社会が持つ暗黙の「正解の人間像」だ。
健康で、自立していて、経済的に生産性があって、手がかからない。そういう人間を産み育てることが当たりだという価値観が、社会の底に流れている。障がいのある子は、その正解からはみ出る。だから外れに分類される。
私の親も、その価値観から自由ではなかった。世間の基準で私を測り、世間体を気にして、私の状態を問題として扱った。親への怒りの根っこには、親個人への怒りだけではなく、親をそう動かした社会への怒りも混じっている。
その「正解の人間像」を、私は疑う。そして、その問いを内側に向けたとき、初めて野心が生まれた。
それでも、野心がある
障がいがあっても、幸せになれる。私はそれを証明したいと思っている。
ただ、この言い方にも、実は小さな罠が潜んでいる。「障がいがあっても」という言葉は、障がいがあれば普通は不幸だという前提を、裏側に抱えている。その前提を飲み込んだまま「それでも幸せになれる」と言うことは、社会の定義の上で戦うことだ。
だから私が本当に言いたいのは、もう少し違う。
幸せの定義を、誰にも渡したくない。
世間の基準が作った当たりと外れの枠の外で、自分の幸せを自分で決めたい。それは「障がいがあっても頑張れる」という話ではなく、「そもそもその物差しで測られることを拒否する」という話だ。
親ガチャに負けたくないのは、弱さからではない。その言葉の前提ごと、受け取りたくないからだ。怒りは、親にも社会にもある。けれど、その怒りを燃料に、自分の足で立ちたい。誰かの定義した幸せではなく、自分が選んだ幸せの中に。
実際、親ガチャに成功をしていたら、ここまで絵を描いてこなかったと思う。今の私は居なかったと思う。なら、親に感謝しろと言う話かもしれないが、違う。私が掴み取ったんだ。
あなたの幸せは、誰が決めましたか
「親ガチャ」という言葉は、生きづらさに名前をつけようとする試みだったのかもしれない。言葉にならなかった不満や悲しみを、ひとまず収める器として。その気持ちは、わかる。
でも、その器は少し歪んでいる。外れという言葉を使った瞬間、私たちは社会の価値観を内側に取り込んでしまう。自分を傷つけた何かを告発しようとして、気づかないうちに、傷つけた側の論理で自分を測っている。
障がいがあってもなくても、誰もが一度は問われる問いがあると思う。
あなたの幸せは、誰が定義しましたか。それは本当に、あなたのものですか。
親ガチャという言葉に出会ったとき、私は怒った。その怒りの正体を探るうちに、気づいた。私が守りたかったのは、自分の人生を自分で意味づける権利だったのだと。
外れかどうかは、私が決める。


