経済・お金

お金と、障がいと生きること


お金は、生きるうえで欠かせないものだ。

食べること、住むこと、医療を受けること。それらすべてにお金がかかる。「お金がすべてではない」という言葉もあるけれど、お金がなければ「すべて」に近いものが失われていく現実がある。

お金は大体、働いて得るものだ。でも、ふつうに働くことが難しい障がい者は、どうやって生きていけばいいのだろう。この記事では、精神障がい当事者である私自身の体験を通して、そのことを考えてみたい。答えを押し付けたいわけじゃない。ただ、同じような場所に立っている人に、「あなただけじゃない」と伝えたくて書く。

ふつうに働くことが難しい現実

「働かざる者食うべからず」という言葉がある。

その言葉を聞くたびに、私は少し考える。これは、いったい誰に向けて言われている言葉なのだろう。本当に働くことが難しい人間に対しても、この言葉は向けていいのだろうか。

私はこれまで、コンビニでのアルバイト、一般就労に向けた就労移行支援など、いくつもの職場を経験してきた。でも、職場に馴染もうとするたびに、小さなトラブルが重なった。ある職場では、些細なことがきっかけで「障がい者は雇えない」と言われ、解雇された。責められているというより、存在ごと否定されたような感覚だった。

何度も繰り返すうちに、わかってきたことがある。問題は私の努力が足りないのではなく、今の社会の「働く」という仕組みが、精神障がいのある人間にとって非常に窮屈な形をしているということだ。決まった時間に、決まった場所に、安定したコンディションで行くこと。それが前提になっている職場では、調子の波がある精神障がいの人間は、どうしてもはみ出してしまう。

働けない日、働けなかった自分を責めながら、それでも明日のことを考えなければならない。そのしんどさは、経験した人にしかわからない種類のものだと思う。

お金を「自立の道具」から「命を守る盾」へ

働けない時期、私が一番苦しかったのは、お金そのものへの不安よりも、「制度を使うことへの後ろめたさ」だったかもしれない。

障害年金、自立支援医療、福祉手当——こういった制度があることは知っていた。でも、「使っていいのか」という感覚がずっとあった。自分で稼いでいない、社会に貢献できていない、みんなに迷惑をかけている。そういう言葉が、頭の中をぐるぐるしていた。

でも、あるとき考え方が変わった。

これらの制度は、社会が「こういう状況の人がいる」と認めた上で作ったものだ。使うことは、甘えでも依存でもない。この社会の中で、自分の命を等身大で維持するための、正当な権利だ。

「攻めの自律」という言葉が、私の中にある。制度を知り、使い、自分の生活を守ること。それは受け身の生き方じゃない。自分を守るために、社会にあるものを積極的に使う、能動的な選択だ。

全部一人で抱えなくていい。公的な制度は、社会に甘えることではなく、あなたがあなたらしく呼吸するための「居場所」を確保することだ。まだ制度を使っていない人がいれば、一度調べてみてほしい。市区町村の窓口や、支援機関に相談するところから始めることができる。

居場所がないなら、作ってみよう

働くことへの挫折が続いた私は、最終的にA型作業所に辿り着いた。

そこに週5で通いながら、イベントに出店をしたり、カフェでの調理や配膳をしていた。ふと考えた。幼い頃からずっと描いてきたイラストで、収入を得ることはできないだろうか。どの職場でも「必要とされている」と感じられなかった私が、唯一続けてきたことだった。

2021年、作業所に通いながらイラストレーターとしての活動を始めた。最初は小さな依頼からだった。それから徐々に案件が増え、商業施設のイベントで似顔絵を描いたり、企業や個人の方からの依頼を受けたり。仕事を完了させ「ありがとう」と言われるたびに、何かが少しずつ溶けていくような気がした。どこに行っても必要とされなかった私が、イラストだけは人に必要とされる。やっと居場所が見つかった、と思った。

三年間通ったA型作業所を卒業し、2024年に独立・開業した。フリーランスになってから、収入の波はある。安定とは程遠い月もある。それでも、元気に絵を描いて過ごしている。

この経験から感じたのは、「働く居場所を自分で作ることは、何も悪いことではない」ということだ。

時代は変わりつつある。コロナ禍を経て、終身雇用に固執する人も減り、フリーランスとして活動する人が増えた。SNSやインターネットの普及で、家にいながら仕事ができる環境も整ってきた。自分のスキルや好きなことを活かして、収入を得られる時代になっている。「職場に雇ってもらう」だけが、働くことの形じゃない。

もちろん、フリーランスが全員に合うわけではない。私に合っているだけで、別の形が合う人もいる。大切なのは、「自分に合った形を探すこと」を諦めないことだと思う。

黄昏の空と秋めく葉っぱ

それでも、先は見えない…その中でも

正直に言う。今も、将来のことを考えると霧の中に立っているような気持ちになる。

老後はどうなるのか。家族が倒れたときに、自分は支えられるのか。収入が不安定な中で、この先何十年も生きていけるのか。そういう不安は、消えたわけじゃない。

ただ、以前と少し違うのは、その霧を遠くから見られるようになったことだ。渦中にいるときは、霧そのものが自分だった。でも今は、霧と自分の間に、わずかな隙間がある。

先が見えないのは、障がいがあるからだけじゃない。誰だって未来はわからない。ただ、障がいがあると、その不確かさに直面する頻度が上がる。選択肢が狭まる場面が増える。だから霧が、少し濃い。それだけのことだと、今は思う。それ以上でも、それ以下でもない。

おわりに

この文章を読んでいるあなたが、もし今、霧の中にいるなら。

制度を使うことへの後ろめたさがあるなら、それは手放していい。働けない自分を責めているなら、少しだけ立ち止まってほしい。居場所がないと感じているなら、作ることを考えてみてほしい。

答えは一つじゃない。私の経験は、あなたにそのまま当てはまるわけじゃない。でも、同じような霧の中を歩いてきた人間が、ここにいる。

お金と、障がいと、生きること。それは重いテーマだけど、一人で抱えなくていい。

あなただけじゃない。

ABOUT ME
にじいろイラストレーターのこっちゃんです。 辛い土砂降りの雨も、いつかは晴れて虹が架かる。 見た人の心が、ふっと軽くなるような作品を描いています。