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【書評】砂漠を生きる人たちへ ―書籍「私たちはいつから『孤独』になったのか」

「キャンプだホイ、キャンプだホイ、キャンプだホイホイホーイ」

 ふとした瞬間に頭の中で流れ始めるこのキャチーなフレーズ―――これは、映画『ナミビアの砂漠』で、河合優実演じる主人公のカナが、唐田えりか演じるひかりとともにキャンプファイヤーを飛び越える場面で、二人が口ずさむ歌。もともとはマイク眞木が作詞作曲した童謡です。歌は、このように続きます。

「今日から友だち/明日も友だち/ずっと友だちさ」

◇  ◇  

 常に満たされず何かを求め、砂漠のような現代を生きている人に紹介したい本が『私たちはいつから「孤独」になったのか』です。

 著者のフェイ・バウンド・アルバーティは、感情や医学、ジェンダーを専門とする大学教授であり、孤独やメンタルヘルスに関するコンサルタントでもあります。

孤独はどこから来たのか? その意外な歴史

 本書では、「孤独が疫病だとすれば、その蔓延を食い止めるには、孤独がはびこる条件を一掃できるかどうかがカギとなる」としています。

 孤独という言葉は19世紀からよく使われるようになり、20世紀末にピークに達したと説明しています。ロンリネス(孤独)という言葉がほとんどみられなかった16世紀や17世紀には、「ロンリネス(loneliness)」は「ワンリネス(oneliness)」を意味し、感情的なものではなく、身体的にひとりでいることを示していました。そこにネガティブな意味はなかったとしています。

 近代になって、社会構造が変化し、都市化が進むにつれ顔見知りだった農耕型社会から社会的流動性が高い社会となり、独居生活を送る人が増えました。さらに、思想面では、個人は社会より重要だとする個人主義が台頭しました。そのようにして、近代的な孤独が形成されたと解説しています。

 本書は、そうした孤独の歴史をふまえた上で、高齢者やホームレスなどの、さまざまな孤独に関する問題を掘り下げていきます。

 たとえば、「苦悩する芸術家」と呼ばれ、幼い頃から内向的で、うつ病に悩み、自殺した作家のシルヴィア・プラスの人生に焦点を当てていきます。

 また、ヴィクトリア女王が、自身がこの世を去るまで、夫であるアルバート公が亡くなった後も、まだ彼と暮らしているかのように振る舞い、「毎朝、彼の着替えを用意させ、夜は彼の寝間着とともに眠った」とするエピソードを紹介しています。

 さらには、2014年、アメリカで32歳の女性が自動車を運転しながら携帯電話で自撮りをし、「ハッピー」という歌を聴いて気分が高揚し「ハッピーな歌を聴いて、最高に“ハッピー”」とフェイスブックに書き込んだ直後、リサイクル収集車に衝突して死亡した事例を挙げながら、ソーシャルメディアにおける孤独について語っています。

現代を蝕む「孤独のパンデミック」

 著者は、「愛や怒りや恐怖とは違って、孤独には長い歴史が存在しない」としています。一方で、孤独は蔓延しており、イギリス政府には孤独担当大臣まで設置されているのです。

 コロナ禍を経て、「ステイホーム」が叫ばれ、私たちは孤独でいることが多くなりました。それまでSNSにふれていなかった人々がSNSにアクセスするようになり、帰属意識を求め、それが大きなうねりとなって、社会や政治を変えていこうとしています。

 コロナウイルスのパンデミックの次に、孤独のパンデミックが起きているのではないでしょうか。それが今の混乱につながっているのではないでしょうか。ローンオフェンダー(孤独な攻撃者)の犯罪が増えてきたことも、頭をよぎります。

 孤独について今一度考える機会を、本書はあたえてくれます。孤独に慣れて感覚が麻痺し自分が孤独であることすら気づけない状態から、一歩踏み出すために。

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書肆ゲンシシャ店主。「現代ビジネス」にて連載中。あまり知られていない事柄を、わかりやすく伝えることを心がけている。ゲンシシャでは奇異に見られたり、畏怖されたりする品物を、等しく受け入れるために蒐集している。